夏が終わった──
オリンピックが閉会し、競歩とマラソンが開催された札幌の街は平穏を取り戻しつつある。未だにチカホの壁と柱には大きく「TOKYO 2020」と書かれている。ここはSAPPORO 2021。
北海道は異常なほどの暑さを記録していた。札幌では7月21日から8月7日まで、実に18日連続で最高気温が30度を超えていた。まるでオリンピックの開催に合わせたかのように、夏将軍も本気を出してきた。
北海道の家の多くには冷房がない。今まで必要なかったからだ。30度を超えること自体が稀であったし、夏よりも冬に備える必要があったから。
しかし今はどうだ。断熱防寒性能が非常に高い北海道の家は、夏になっても熱を蓄える。夜になると涼しい風が吹く札幌だが、その涼しい風によって室内まで涼しくなることはほぼない。就寝時室温31℃(もちろん窓は開いている)の我が家、起床時には29℃までしか下がっていない。寝苦しいことこの上ない。ないないだらけ。
でも私は、なぜか眠れてしまうのである。布団に横たわったら最後、ぐーすかである。
ただし二度寝はできない。この時点で暑さ>眠気になってしまう。私調べ。
そんな異常な「北海道の夏」だが、たぶんもう終わった。
今これを書いている8月9日夜、札幌は雨、20℃だ。
この先10日間の最高気温は25℃を超えない予報。最低気温は10℃台にまで落ち着く。
北海道の夏、オリンピック期間に本気を出し過ぎてしまう。
天候ジェットコースター。気圧も急降下するし、体調も崩しやすくなる。
もう1つ、夏が終わったと表現する理由がある。
“夏らしい事”を一つもしなさそうだ、というものだ。
このままだと四季がないニンゲンになりそう。
花火も祭もない。アイスはあまり食べないし、海にひとりで行く勇気はない。君の浴衣姿は遥か彼方だ。
このまま秋に突入してしまうだろう。自分を理解した気になっているので、きっとそうなるだろうという予測がつく。行動パターンの根底には「めんどくさいか否か」というものがある。
秋になればいい。葉は色づき、収穫祭がはじまる。汗のことを考えなくてもいい。
冬になればいい。街は白めき、世界が閉ざされる。雪が綺麗と笑うのは君がいい。
でも、このままずるずる行ってしまいそうなのである。“現状維持”のまま一生を過ごしてしまいそうな、そんな焦燥感に今から駆られている。
変化は好きだ。しかしその変化の多くは外発的要因によるものが殆どで、内発的であったことはそこまで多くない。
安寧の方が好きなのだ。明日が見えている方が安心して夜を超えられるのだ。
変わらなきゃな、と思う自分はまだ半分だけだ。
ずっとこのまま、という嘯きは終ぞ消えてゆく。
色んなアーティストの音楽を聴くことが増えた。
最近は「ハニカムベアー」というアーティストが好きになりつつある。
「さよならの支度」を聴いて泣きそうになっている。
きっと、ストーリー性を持つ音楽が好きなのだ。
10日連続で公開される新曲の9日目。一番儚い時間が流れてゆく。
この先どうなってしまうんだろう、というワクワク感と、このまま終わらないで欲しい、という願望がごちゃ混ぜになる。窓から吹き込む涼しい風が、左腕を撫でて通り過ぎる。どうかこのまま、という叫びは、きっと虚空に消えてしまう。
新しいアルバムはHappyENDと云うらしい。例えば自分の人生で、「HappyEND」を迎えるとしたらどの時点だろう、と考えてしまう。
ゴールはスタート。でも、ゴールを迎えられなければ永遠にHappyになれない。堂々巡りの思考は、窓から入ってくる雨粒にかき消される。
そういえば雨が降っているんだった。少し寒くなった部屋で、私は窓をぴしゃりと閉めた。